いちご日記

  • 2023年08月29日

育苗「紅かおり」

暑い。暑い。本当に暑い。
皆様、お元気でおられたでしょうか。毎日暑いですね。何時から日本はこんなに暑い夏を迎えるようになったのでしょうか。
正直、歳を重ねるごとに暑さに弱くなっているのでしょう。そこに追い打ちを掛けるかのように6月下旬から日中の気温は30℃越え。
喜んでいるのはセミくらいかな?もちろん、いちごにだって良い事ではありません。
 
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そんな暑い7月の下旬、向かう場所は静岡市「紅かおり」のK様の圃場です。

「新品種」は偶然の産物!? いやいや「育成者」の執念

育苗圃場での様子をお伝えする前にK様が交配種から「紅かおり」を選ばれた経緯を紹介しましょう。

K様は育種が専門ではありません。現在もそうなのですが知り合いにはいわゆる先生と言われる方々が多くおられます。若い頃からそうだったようで、その先生達から「交配」の方法を教えてもらったようです。そして、「おもしろいから(交配を)やってごらんよ。」と言われたそうです。趣味程度の数量と本人はおっしゃていましたが、それなりの年数を重ねてこられたのです。

「紅かおり」はそんな中で偶然見つけたとおっしゃいます。

「新品種」は偶然の産物で同じ交配を同時に複数行った中から見つけた「交配種」の「突然変異株」なのです。品種AとBを掛け合わせた場合、必ずCになるわけではないということです。いちごで考えるから難しくなってしまうのです。人で考えれば割りと簡単かも。要は同じ親であっても兄弟は全く同じではない。似てはいるけれどもどこかが違うということ。
ただし、そんなに単純で簡単には新品種は生まれてこない。

以下の資料を開いて頂きたいです。
AgriKnowledge(アグリナレッジ)より
静岡県農林技術研究所 発行「イチゴ新品種‘きらぴ香(仮称)’の育成経過と主特性」を引用

こちらに「きらぴ香」の系譜が示されています。
「紅ほっぺ」は「静岡11号」。この系譜からでも「番号付与」された「静岡12号」と「静岡14号」は示されていない。数字しか与えられなかった「交配種」を複雑に掛け合わせて「きらぴ香」は誕生した。そこには数字も与えられずに消えていった「交配種」が数多くあったのだろうし、この系譜は数えきれないほどの順列組合せの中からのたった1つなのでしょう。新品種開発には時間がかかることが分かって頂けたでしょうか。そして、育成者が農業試験場のような研究機関であったり、種苗会社=組織である場合がほとんどである理由もここにあるのでしょう。
「紅かおり」を見つけた時、K様は「これは?」と思ったそうです。そして栽培試験をされたとのことでした。ちなみにK様が私に見せてくれた交配種は「紅かおり」だけです。知り合ってから今年で27年経過しました。つまりは私の知り得る限りでは27年以上の歳月を費やしてK様が満足しうる特性を持ったいちごが「紅かおり」であるということなのです。
新品種育成がどれほど難易度が高い研究であるかはこの日記の中で幾度となく書かせて頂きました。もちろん、K様も同じ認識です。今日の話の中でたまたま。「章姫」が話題になりました。その中で「萩原さんは、すげー方だよ。「章姫」と「宝生早生」でどれだけの人(=いちご生産者)が助かったか。」と言っておられた。
今まで会って話をしてきた生産者様でここまで萩原章弘氏に対して尊敬の念をもって話された方はいらっしゃっただろうか。それは新品種育成の難しさを知っているからこそ出た言葉だったと思います。
「一人(=1個人)で2つもメジャーな品種を世に送り出したのは萩原さんだけだもんね。」と私。「そうだよ、すごい人だよ。」とK様。でも私「Kさんも負けてないかもよ。」としゃしゃり出る。
そして何度も言う。「許諾金なんかいらねえだ。何年か経ってこれがKが作った品種か。と言われればそれでいいだ。」「誰でも作りゃいいだ。」

「改正種苗法」について書かせて頂きました。
「改正種苗法」は育種者の権利を守るために行われたとも。しかし、K様はそんな考えの上を行く。育種者の権利よりも生産者の自由を見ている。生産者が作りたいのであれば誰が作ったっていいじゃないか。県だとか組織だとかの枠など、とっぱらっていいじゃないか。その作りたい品種を自分が世に出す。
K様はすでに齢70を随分と超えられた。でも。還暦の私からみてもただただ、「かっこいい。」し「スケールが違う。」
こんな生産者様が存在する。こんな生産者様と話しができる。私が営業職から離れてもいちごと関わっていたい理由はもちろん、いちごそのものが好きだし、いちご関係の仕事に携わった時間を今でも大切に思っているから。そして何よりこんな「かっこいい。」生産者様と話をずっとしていたいからだ。だからこの日記を書いている。
令和4年産いちごの統計資料がK様のところに届く。それも近い時期に。
果たしてどのような結果なのだろうか。あの品種との比較資料もあるのだろうか。今度会う時にはその資料を頂くことになっている。それは真実であり、今回で3回目の題材となった「紅かおり」への私の文章がただの勘違いなのか、データに近いものであったのか、はっきりとします。

最新「紅かおり」の育苗 2023年7月 酷暑

前置きが長くなってしまいました。スミマセン。
では、本題に入りましょう。

K様には「紅かおり」の増殖状況の写真を撮らせて欲しい。とお願いしておりました。
「時期になったら電話する。」との返答。それが本日9:00頃ありました。「なるだけ早く来てくりょう。(ランナーを)切り離したいから。」とのお話。
慌てて社有車の予約状況を確認。「今日でもいいっすか?」と私。「えーよ。来るとき、電話くりょう。」「13:30頃に行きます。」
訪問予約確定。が、しまった。内勤になって冷房の効いた室内で仕事するようになって、外の状況を考えずに言ってしまった。営業職の時ならばこんな暑い時期のこんな時間に外で会う約束なんかしない。私もヤキが回ったか。反省しきり。

それでも約束の時間に育苗圃場に向かう。
ちょうど圃場に向かうK様の車の後を追っかける形で現場に到着。

K様の育苗圃場は露天です。以前にも紹介しておりますのでご記憶のある読者の方もいらっしゃるでしょう。
スーパーアイポットでの育苗

「こんちわ。お世話になります。」と言いながら圃場に入る。

「暑くて(ランナーが)焼けちゃうわ。」そりゃそうだ、6月から30℃超えの日が続いてる。もちろん日中に潅水はできない。
遮光の資材を発注しているのにまだ届かないそうだ。「もう、終わっちまうわ。」とK様。言葉はキツイけど顔は笑っている。この程度でどうにかなってしまう品種ではないようだ。ハウスなら気温は外気よりも高くなってしまうけれどある程度は遮光できる。もちろんK様は知っている。けれども私と知り合った頃からずーっと露天で育苗されている。露天であっても病気を出さない技術をもっておられるからでしょう。

弊社カタログ「苺棚式栽培システム」

実はタイベックシートにアイポットを立てて採苗している過去の採苗写真があったのだけれどフィルム写真で紛失してしまいました。本当に残念。
上の写真はフィルム写真をスキャンして電子媒体で保存しておりました。

上の2枚の写真を見て欲しい。
左のカタログ表紙は九州でのパネル育苗中の写真。
右は私が1996-97年頃に静岡市内、それもK様宅から10kmも離れていない圃場での収穫母株からのランナー誘導中の写真。
白いシートはタイベックシートです。水を通さない。ただし、風でタイベックが捲れあがってランナーやポットがあっちゃこっちゃに散らばることもあります。

どちらも露天です。私が農業関係の営業職でいちごと関わりだした頃(1996年頃)には普通に目にした光景です。
露天での育苗のデメリットは潅水量が天候に左右されることです。それが地面である場合には仮に病気が発生していた場合には雨水が地面で跳ねて病気が伝染しやすくなってしまうことです。
もちろん台風などの風の影響ももろに受けてしまいます。葉同士が擦れることは避けたい事です。
高設栽培(本圃)も同じ理由で普及していった部分があります。隔離床であるならばその部分だけを除去すれば他の部分には広がらない。
連結式プランターであってもその列だけ。独立式プランターを使用ならばそのプランターを外せばいいという考えです。
「宝生早生」は萎黄病が発生しやすいため隔離床の資材が無かった時代には次作用に培地を交換もしくは本圃を移転するなど、苦労されたようです。

K様はそんなこと知ってる。でも、露天での育苗をしている。多分、「雨よけハウスにしたほうがいいんじゃないか。」と言われたことは幾度とあったと想像する。でも、収穫を見てしまえば誰も何も言えなくなる結果を残してこられた。

今、「雨よけハウス」や「育苗ハウス」はあたりまえのことだと考える生産者様は多数存在するでしょう。そして、新規就農された方々も、そのあたりまえを自然に受け入れていることでしょう。ただ、なぜあたりまえになったのかその理由を知っておくことは必要だと考えています。

親株定植は3月下旬。採苗開始(ランナー受け)は5月下旬から。切り離しは8月上旬には完了。そして定植までパネル育苗(仮植)となります。定植予定は9月下旬。育苗本数18,000本。昨年より若干少ないようです。

ランナー発生の状況は「紅ほっぺ」よりもやや少ないとおっしゃていましたが、私の感覚では「章姫」よりちょっとだけ少ないと感じています。
いずれにせよランナー増殖で苦労されているようではないです。
まぁ、そのあたりは親株定植からのスケジュールと写真で判断して頂ければよろしいかと。

「去年の作でな、100g超えが有ったんだよ。俺は十数個程度だったけどな、仲間内でな1パック=3個で出荷したやつもいるんだよ。」
驚くとかじゃない、呆れる。いちごだぜ。100gなら3個で1パックは妥当。でも出荷するほど出るかー。100gを作るために1株の摘花をきつくしているわけではない。ましてや1株に1個しか着果させている訳でもない。もし、ネットオークションが可能ならば一体いくらの価格がつくのだろう。
高価格で取引されるいちごは確かに存在する。普通はホールパックがその対象です。でも、100g超えのサイズのホールが存在しない。
「紅かおり」は果皮が硬いし棚持ちも良いので例えば、1個入り容器で宅配も可能でしょう。それ、ちょっと見てみたい。

「いろんなところで試験してくれている。その結果も届くし、次作試験のための定植本数を多くするところもある。」とおっしゃる。
冒頭で書いたように先生の知り合いが多くいるから当然でしょう。私も過去にK様の紹介で有名ないちごの先生(名前は勘弁ください)の講演を聞きにいったことがある。実際に圃場でお会いした先生や施設園芸展(現在のGPEC)に同行させて頂いた先生も居る。
はやく試験結果を見てみたい。楽しみです。

「今年は残暑が10月位まで続くみたいだな。また、花芽分化が遅れるなぁ。」とK様。「去年も遅れたからねぇ。」と私。
もう先を見ているK様。そして「去年の作の統計資料が届いたらまた、連絡するわ。」「ありがとうございます。また寄ります。」と私。

帰路につくK様の背中が今日は大きく見えた。それは照りつける太陽の下で光っているようだった。その背中をずっと目で追う自分がいた。

農業を取巻く環境「肥料価格」

さてさて、前回の予告の通り「農業を取巻く環境」について早速、掘り下げてみましょう。
今回は「肥料価格」についてです。
皆様は肥料というと、何を頭に浮かべますでしょうかね。土に混ぜたり、土の上からかけたりという肥料を思い浮かべる方も多いかもしれませんね。実際、そのような使用方法が一般的であります。
若い世代の方にはピンとこないかもしれませんが、私くらいの年代になるとこ〇だ〇などを思い浮かべたりするかもしれません。
実は矢崎化工でも「FP-26」というその中の肥料を運ぶための容器を販売していました。私が入社してしばらくは、販売されていましたね。
実際、家庭用品を販売する営業部署に配属されて注文を普通に頂いていたことを思い出します。もっとも、営業担当エリア変更で名古屋市内を回るようになってからは1個も売れませんでしたが…。

水耕栽培では水に肥料を溶かせた培養液で野菜の栽培をしています。いちごも高設栽培では、液肥は必須です。そして、新しいカタチの農業である植物工場、特に閉鎖型植物工場では液肥がなければ、システムそのものが成立しません。
肥料には様々は形があります。言えることは、農作物の生産において、肥料は必須であり、そのコストは即農業の経営に影響を与えるということです。

ここで本題に入ります。肥料の価格は高騰していることは前回、述べさせて頂きました。では、どうして高騰しているのでしょうか?

資料は、農林水産省ホームページより引用しています。

注)令和5年は1-3月平均

注)1 令和元年以前の指数についてはリンク係数を用いて接続した。
注)2 平成7年基準改定時に年度指数から暦年指数に変更した。

【統計表】
農業生産資材(令和2年度基準)
類別月別年次別価格指数(令和2年=100)

農業物価統計調査:農林水産省ホームページ

平成元年(1989年)から令和2年(2020年)の31年間で指数は40上昇しました。
しかし、令和2年から令和5年(2023年)の3年間で指数60弱の上昇です。まさに高騰しています。

肥料をめぐる情勢:農林水産省ホームページ
2023年4月 農林水産省 農産局 技術普及課

肥料原料も輸入されています。そして、高騰しています。ところが2023年(本年)1月以降は価格が下がっています。

肥料原料が高騰した理由

発展途上国での人口増加→穀物需要増加→世界中にて肥料需要が高まる。
ロシアのウクライナ侵攻により、尿素や塩化加里の生産国であるロシアからの供給が滞っていること。
コロナ禍での肥料の工業的生産に必要な電力源となる天然ガスや輸送費などに関わってくる原油の高騰。
中国による環境保護政策の強化によるリン安の海外への出荷停止等。
などが考えられます。
まぁ、想定の範囲ですかね。

もう一つ。

農林水産省が公表している資料になりますが、多分これより良い資料はないでしょう。
そしてここに肥料原料の価格が下がってきている理由が記されています。

尿素 マレーシアからの輸入量拡大 中国は減少
りん安 モロッコからの輸入拡大 中国は減少
塩化加里 カナダ・イスラエルからの輸入拡大 ロシア、ベラルーシは減少

日本は食料そのものも大量に輸入、それは輸入品がなければ成立しない産業も多々あるということなのだけど、実は肥料も原料の輸入がなければ現在の流通量を賄えないということなのです。
もちろん政府も国産肥料拡大のための方策は行っています。詳しくは上記グラフと同じパワーポイント資料に掲載されています。
どうぞ、ご確認ください。

しかし、肥料そのものの価格はいまだ高騰しています。輸入原料価格下降での影響が出てくる時期はまだ先なのか?それとも、エネルギー価格も下がらなければ高値維持なのかは分かりません。

農業において重要な要素である肥料価格が上昇していても市場出荷をしている生産者は作物の価格に転嫁できにくい。
植物工場では天候・気候・病害虫対策で今までの農業よりも優位である。それが、安定した栽培に繋がる。また、企業での参入が多いため、販売ルートも市場を通さないことで販売価格を決定することができる数少ない農業のカタチだ。だが、今までの露地栽培などと比較するとコストがかかる。そこに肥料の高騰で更に販売価格を上昇させなければ採算が合わない。

つまりは全ての農業生産者に肥料価格高騰はダメージを与えている。

肥料の重要性、そして高騰の理由について述べさせていただきました。

情報は有効に使わせていただきます。m(__)m

この「おまけ」コーナーでは農林水産省発表の資料が大いに役立っています。そして、それら資料は結構な頻度で更新されています。
「いちご日記」では取材後、なるべく時間を空けずに「アグリコネクター」に掲載したいと考えています。よって、「おまけ」は取材前に作成しておくのですが、資料が更新されているとURLが無効になっていたりして、スクショの元資料がみれなくなったりします。更新された資料を探すことは難しくはないのですが、内容が変わると以前に作成した文章に矛盾が発生したりなんかして再度、書き直しています。
(URLが無効になっている場合は情報が更新されています。「肥料をめぐる情勢 農林水産省」でネット検索すれば最新の情報(PDF)が閲覧できます。)
何を言いたいのかというとお役人さんも一生懸命仕事してくれているのだと。常に最新の情報を提供してくれているのだと。しかも、タダで閲覧できるのです。そこには真実のみが記されていて、無駄な意見などはない。是非、読者の皆さんも参考にしてください。

さて、今回はこれくらいにしましょうか。
まだまだ暑い日が続きます。熱中症警戒アラートもまだ発令されそうです。水分補給は水だけでなくスポーツドリンクなどで必要な塩分や糖分を摂取しましょう。睡眠不足もよくない。そして絶対無理しないことです。もし一人で作業していて熱中症になってしまったら命の危険です。自身の体力を過信しないで安全にお過ごしください。

では皆様、お元気で。また、お会いしましょう。

 
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いちご日記の著者:M
農業関連資材の元営業マン(現在は社内いちご農園の管理人)
2023年還暦を迎える年男
文章のお手本はハードボイルドの化身 北方謙三 先生
最近の事件…ミツバチに初めてさされたこと

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