農業コラム

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  • 2021年07月27日

「改正種苗法」についての考察(いちごを例として)

皆様、こんにちは。長い梅雨がやっと明けましたね。
7月初旬には大雨で静岡県熱海市で大規模な土石流が発生し、甚大な被害が発生しました。その他の地方でも水害がありました。
被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。早期の復旧を期待したいです。


7月23日 東京オリンピックが開催されました。がんばれ!ニッポン!!
我が国のほとんどの選手にとっては一生に一度の自国でのオリンピック参加です。皆がそのパフォーマンスを全て出し切れたらいいなと思っています。無観客での開催となる競技が多いようですが、選手にはモチベーションを高く維持してその力を発揮して欲しいと願っています。
そして、東京・沖縄では緊急事態宣言が発令、埼玉・千葉・神奈川・大阪の4府県ではまん延防止等重点措置が延長された中でのオリンピックとなります。新型コロナウイルスの感染が拡大しないことを祈ります。

今回は今年4月に施工された「改正種苗法」について取り上げていきます。
大きな話題としては取り上げられた感じではなかったですが、ネットでも有名な女優さんなどの意見が載っていました。
農業従事者はもちろん、農業関係者や農業に関心のある方には興味あることではないでしょうか。

はたして、何を改正したのでしょうか。
改正と言うことは元々の「種苗法」が存在したことを意味していることでもあります。

種苗法

それでは最初に「種苗法」とはなんぞや。ここからスタートです。

種苗法(しゅびょうほう、平成10年法律第83号)
植物の新品種の創作に対する保護を定めた日本の法律。1998年5月29日に公布された。
植物の新たな品種(花や農産物等)の創作をした者は、その新品種を登録することで、植物の新品種を育成する権利(育成者権)を占有することができる旨が定められている。
現在の種苗法は、1991年に改正された植物の新品種の保護に関する国際条約(International Convention for the Protection of New Varieties of Plants、略称:UPOV条約)を踏まえて、旧種苗法 (農産種苗法 昭和22年法律第115号)を全部改正したものである。
育成者権における権利の形態は、特許権や実用新案権のしくみと非常によく似ており、例えば、優先権や専用利用権、通常利用権、先育成による通常利用権、裁定制度、職務育成品種など、多くの共通点を有している。
引用:フリー百科事典 ウィキペディア(URL: http://ja.wikipedia.org/)「種苗法」更新日付:2020/12/3

種苗法においてその育成者の知的財産権(育成者権)は保護されています。
種苗法に基づいて品種登録を行った品種を登録品種といいます。
知的財産権(育成者権)の期間は最長25年(果樹などは30年)となります。育成者はその品種の種苗を独占的に販売する権利が認められいるのです。
農業生産者は育成者に対価(許諾金)を支払うことで登録品種の栽培や出荷が可能となります。
いちご日記】の中でも許諾権の文章を書いております。いちごの話ばかりで申し訳ありませんが、現在流通している品種「紅ほっぺ」「きらぴ香」「あまおう」等はすべて栽培するためには許諾金を支払わなければ(事業としての)栽培はできません。

育成者権を巡る問題

この種苗法における育成者権を巡っては、他の知的財産権と同様に、アジアなどにおける海賊版農産物が大きな問題になっています。
例えば、日本国内で開発された新品種(栃木県が育成したいちご「とちおとめ」など)が、中国や韓国などで無断で栽培され、日本に逆輸入される事件がありました。
このようなことは、農業関係者の長い間の努力にただ乗りする行為であって、日本の付加価値の高い産業の力を弱めることになるため、農林水産省生産局をはじめ、政府各機関では、育成者権の侵害対策強化に乗り出しています。
海賊版はアニメのDVDなんかだけじゃないのです。そして、海賊版逆輸入は事件であることを認識してください。

上記については、2019年12月11日掲載 いちご日記【我が家のいちご状況】でも取り上げました。
いちご業界だけでたった5年間で最大220億円分の輸出機会を失ったのです。いちごだけに限定しても「章姫」「紅ほっぺ」「レッドパール」など現在では保護期間が満了している品種も含めて、中国・韓国等への流出が確認されています。
今現在、問題となっている農産物としては、ぶどうの「シャインマスカット」サツマイモの「紅はるか」などがあります。超高級ブドウの「シャインマスカット」なんて私も頻繁に口にできるシロモノではありません。しかも、日本国内の品種登録は2006年なのです。それがすでに海外で無断で栽培され、流通していることは許せることではありません。

このままでは育成者、それは農業従事者であったり公の研究機関の人々の努力が報われない。
RCEPで中国・韓国との貿易において、関税撤廃の意味が無い。いや、逆に日本で生まれた農産物が外国から入って来るなどという馬鹿げた状況が発生するかもしれないのです。

起こってはならない事案に対して対策を講じることは当然の流れなのです。
そこで今回取り上げる「改正種苗法」の議論となっていくのでした。

改正種苗法

2020年12月2日 参院本会議にて可決、成立。2021年4月1日に施行。

では「改正種苗法」で何が変わったのでしょう?

今回の改正で育成者に新たに認められた権利
1. 登録品種種苗の輸出先国の指定が可能
2. 登録品種の栽培地域の指定も可能(たとえば日本国内のみなど特定の都道府県のみ)
3. 違反行為に対する差し止め請求が可能となり、刑事罰や損害賠償等の対象ともなる。

今までは育成者が種苗業者や農業従事者に種苗を正規販売した場合、海外への持ち出し制限ができなかったのです。
農業従事者から流出することを防ぐため、収穫物から種や苗を採って次作に使う「自家増殖」を行う場合も育成者の許諾が必要となります。
つまりはいわゆる「海賊版」の流通を防ぐために、種苗法の改正を行ったということです。

「改正種苗法」の問題点

農業従事者の「自家増殖」に育成者の許諾が必要になる。
この一点が問題であるという意見が多い。
許諾が必要=許諾金を支払う必要がある=農業従事者の経済的負担が増えるということなのです。

じゃがいもは普通に生産された中から次作の種いもを残して保存している。実際、私の実家でも発芽を防ぐため暗い倉庫の中で種いもを次作まで保存していたし、手法としてはあまり用いられなくなったが、いちごでも収穫後の株を次作の親株にする収穫母株はある。
それだけではなく、いちご生産者は正規に取得した苗を親株として、それを増殖して定植苗を用意する。これは当たり前のことです。
なぜなら、日本で生産されるいちごの定植苗を全数量、用意できる企業もJAも国内には存在しないから。

定植すべき苗を買うことができなければ、自分自身で増やさなければならない。至極、当然の話でしょう。

今現在、栽培されている登録品種について、全て増殖の場合の許諾金を育成者は要求するだろうか?
育成者と書くと個人のように感じてさせてしまうかもしれませんが、育成者権は個人ではなく県や公的機関が持っている場合が多いです。

またまた、いちごを例にしてしまいますが「紅ほっぺ」「きらぴ香」は静岡県、「あまおう」は福岡県、「さがほのか」は佐賀県といった具合です。登録品種保護期間が終了して一般品種となった品種は「とちおとめ」は栃木県、「さちのか」は農研機構。
いちご日記】をご覧の方なら「忘れてないか。」と思われてますかね。「章姫」故萩原章弘氏などなど。
個人が育成者権を持っていることは稀なのです。つまり、品種改良とはそれほど時間も手間も掛かる作業なのです。

余談ですが「いちご日記」にて「紅かおり」を取り上げました。2020年3月12日掲載 いちご日記【いちご「紅かおり」】です。
私は育成者の静岡市のK様と懇意にさせて頂いているからこそ見せて、食べさせてもらえました。
しかし、何より「新品種育成」をされたことに敬意を払って文章を書き、HP上に掲載させて頂いたのです。

私の知る限りでは2種類のいちごを開発・品種登録し、その2種類ともにスタンダードに生産された、その個人育成者は故萩原章弘氏しか知りません。2品種は「章姫」と「久能早生」です。後者は静岡市の久能地域での石垣いちごです。
ある人から聞いた話によると萩原氏は亡くなる直前まで「章姫」の次の品種開発に取り組んでいたそうです。

品種登録まで行ってもその農産物を必ず多くの生産者が栽培するとは限りません。
新品種を作り上げるということは本当に難しく、それが世に広がる(=多くの生産者が栽培する)ことは稀なことなのです。

「章姫」が静岡いちごの代表だった頃、静岡11号の試験が行われ、それは「紅ほっぺ」となりました。栃木15号は「とちおとめ」として世に出ました。この2品種が登録された時期は近かった。
その後、静岡県は「きらぴ香」、栃木県は「スカイベリー」を登録するのだけれど、前の品種登場からは約15年の歳月が掛かったのです。その間には一体どれだけの試験品種があったのだろうか。

どちらの品種も県での開発です。
種苗法が改正、公布されたからと言って、すぐに許諾金に「自家増殖」分の金額を上乗せするだろうか?
生産地域の限定は行うかもしれない。育成者権のある、都道府県でしか栽培できなくなるかもしれない。育成者=都道府県は長い年月と多額の開発投資を行ってやっと世に出したのです。地域のブランド力を生かしたいと考えることは不自然とは考えません。

しかし、他県での栽培の場合は許諾金値上げがあっても、育成した県がその県の生産者の負担になることをするだろうか?
私はないと思う。

プライドがある。金儲けだけで新品種の開発をしているのではないから。生産者の期待に応えるために日々研究している。
DVDの海賊版ではない。プライドなく銭儲けするような農業従事者など私は見たことない。生産者は作物を作ることにプライドを持っておられる。泥棒みたいな真似をして苗を作るハズがない。そんなこと私じゃなくても関係機関の皆様は知っている。
だから、種苗法の改正であり、改悪ではないと考えています。

一般品種が9割

農林水産省は流通する種苗の9割は一般品種であると言っています。
一般品種とは在来種、品種登録をされたことのない品種や品種登録期間が切れた品種のことを指します。
一般品種は改正の影響を受けない。上記の種いももいちごの収穫母株やランナー増殖も一般品種であれば問題はありません。
よって法改正での農業従事者への影響は限定的であると考えられています。

「自家増殖」の許諾が必要となった場合に資本力のある海外の農業科学分野の4大メジャー(独:バイエル、米:コルテバ、スイス・中国:シンジェンタ、独:BASF)等が日本国内の開発企業や育成者権を買収するのではないかと危惧される向きもある。
果たしてそうなるのか?公的機関が育成者である場合にはまず買収はされないでしょう。と考えています。

また、交配させることに問題があるのならばF1品種ばかりになってしまうのかとの声もある。
ヒトがF1種子植物ばかりを摂取していると主として男性の生殖機能が落ちるという話がある。F1品種は種を作れないことが理由だそうです。
しかし今現在そんな科学的エビデンスは存在していません。

F1種子(雑種第一代:first filial generation F1品種の種のこと)
F1種子の親は固定種子です。固定種子はP種とも言いますが代々親から子へ、子から孫へと同じ形質が受け継がれていきます。
生物の“進化”を思いだしていただければ判りやすいと思いますが、自生していた風土・気候などにより適応してきた種子です。

対してF1種子は異なる固定種子同士を交配させた雑種の一代目という意味です。
特長 1. 発芽・成長が均一的で同じ時期に大量に収穫出来る。
   2. 常に品種改良されているので、流行しやすい病気を避けやすい。
   3. 品種改良されているので食べやすくなっている種類が多い。

F1種子は、「メンデルの第一法則」で有名な「雑種強勢」の特性を活かし、優良な特性を持った親株同士を交雑させて作られています。例えば、「形はきれいだけど味が今ひとつ」な母親と、「不格好だけど美味しい」父親を掛け合わせた場合、雑種強勢の法則で「形も味も良い」子供、つまりF1品種が誕生します。このことが特長の理由です。

しかしF1種子から採取したF2種子には、一定の割合で隠れていた劣性形質が現れてしまいます(メンデルの第二法則「分離の法則」)。野菜の場合は発芽速度や草丈、葉色、果色などあらゆる形質で劣性遺伝子が分離して現れるため、F1種子から自家採種したF2種子は、バラバラの野菜になります(F3種子はさらにバラバラになります)。
このことがF1品種では種を作れないという理由となります。
参考:野口のタネ/野口種苗研究所「交配種(F1)野菜とは何だ?【1】

▲イラストにするとこんな感じ

もっと詳しく知りたい方はメンデルの第一法則「優劣の法則」から調べてみてください。私は生物学には疎いので。ゴメンナサイ。

2021年度となり「改正種苗法」は施工されたのですが、あまり話題にはなっていないことが現実です。今はとにかくコロナ対策が急務なのですから、まあそうなのかなってところですかね。
議論が再燃するとすれば、コロナが落ち着いて経済も順調に回るようになってからでしょうか?

しかし、法改正されたからと言って種苗の海外流出がなくなることはないでしょう。
なぜなら、全ての人類が法を守ることは考えられない。違法を承知で銭儲けする輩は存在する。つまりは海外へ持ち出すことを考える輩はどこかに居る。

こんなことを書いていたらニュースが飛び込んできました。
6月28日 警視庁が種苗法違反で34歳の会社員を書類送検したのです。
開発者の農研機構の許可を得ずにシャインマスカットの苗をフリマサイトに出品し、また苗を販売目的で保管していたのです。さらには、高級いちご「エンジェルエイト」も無許可販売していたようです。
「小遣い稼ぎのためだった。」何という自分勝手な言い分なのでしょう。
農業が趣味だったともありますが、多少でも農業に愛着があるのであればこんなことはしないでしょう。
残念な事件です。きっちりと処罰して頂きたいです。

この事件を見て真似する輩が出てこないことを祈ります。
しかし、未然に防ぐことはとても難しいでしょう。
なぜならば、違法行為を行う輩が誰なのかは事前に知ることはできないから。

この文章は日本の農業の権利を、農業に関係する全ての人の権利を守るための行動の一つとして掲載させて頂きました。

2021年7月

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